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2016東京国際映画祭作品感想 「コンペ」(西欧編−1)

2016TIFFコンペティション部門の感想もいよいよ西欧編に突入です!

ミュージシャンでもあるフランスのアメ・エクエ監督、これは音楽にも期待?!そして、イタリアのベテラン、ミケーレ・プラチド監督。イタリア映画も味のある、深い作品が多いのですよね…。

 

 

パリ・ピガール広場』。知られざるフランス・パリの今。

今、全世界において、移民や難民をどう受け入れるか?が、大きな問題になっています。逃げまどう人々の多くはごく普通の人であり、政治活動とかテロリストとは無縁の人々でしょう。人権が守られるべきなのに…など、色々考えさせられますが、長期間にわたる移民・難民の受け入れは、おそらくどの国も考えていなかったことだと思います。政策云々もあるのですが、我々一般市民は受入れや支援に対する感覚はもっと鈍いし、自分自身の生活も苦しくて他人を助ける余裕のない人も少なくないはず…

じゃ、どうすればいいのか?については簡単に答えが出ることではないし、とりあえず「当座をしのぐ」他なく、なんとか頑張ってはいるけれど、いつまでも我慢はできないという現状が、だんだんと浮き彫りになってきました。

日本は島国ですが、それでも遠いこの国に難民申請をする人々がいます。ヨーロッパはどれほど多くの国の人々と共存しているのか…映画を見るだけでも想像でき、しかしながら、やっぱりどうしたらいいものか…と、思うところで考えはストップしてしまいます。。。

『パリ・ピガール広場』は、そうした移民・難民が続々と流れ込むパリの一部を表現した作品でした。私はフランスに行ったことがないのですが、パリと言えばオシャレな街、市場、エッフェル塔、美術館…という、ステレオタイプ的なイメージを持っています。こんな私にとっては、非常に衝撃的でした。

しかし、同時に初監督作でこの街を撮りたかったということは、監督たち(2名なのです)は、現状に「もー!」と思いながらもきっと、この街を愛してるんだろうな…と、思います。変わりつつある今の姿は、近い将来、全然違った形になっていることでしょう。作品には兄弟のイザコザや絆を感じる部分もあって、もちろんそこも重要だとは思うのですが、私は作品の全体から漂う街のイメージにとにかく酔いしれていました。

ちなみに私の青春時代は『四月物語』(岩井俊二監督作品)に記録されています。(えへ。ちょっと誇らしい)当時の雰囲気はなくなり、街並みもかなり変わってしまったので残念に思いますが、あの頃の記憶の一部が映像に残されているので、私はこの映画を観るたびに胸が締め付けられるような気持ちになります。

監督たちを含め今のパリジャンたちも、きっと私と同じ感覚を味わうことになるでしょう。色々な国の人々が、これからどんな風に共生していくのか…試行錯誤が続くことになるとは思いますが、この時代を愛し、自分たちの暮らしや生き方に一生懸命向かい合おうとしている姿は貴重です。勢い溢れるこの街が、これからどのような変化を遂げるのか…異邦人である私にとっても気になるところです。

 


『パリ、ピガール広場』 記者会見  “Paris Prestige” Press Conference

 

 

7分間』。一瞬の感情だけでなく先を見据えて考える、イタリアの女性たち。

女性の労働問題や移民、貧困、格差等の問題は、他の国の映画でも多く取り上げられるようになってきていて、しかも『7分間』は、もともと舞台で好評だった作品の映画化ということなので、特に大きな期待を持たなかった…というのが正直な(鑑賞前の)心境でした。ですが、驚くような展開があったわけではないにも関わらず、しっかりどっしり心を捉える力のある作品で、うわぁ、やっぱりイタリア映画ってすごいなぁ、と思わされます。緻密な演出は職人芸のようです。

そして。この映画は後からじわじわ来ます。ウィスキーのような深いコクと味わい、と言ったらいいのでしょうか…。骨太な、大人の世界だと思います。

特に胸に響いたのは、「問題が起きた時の、自分の頭で考える大切さ」でした。自分ひとりじゃどうしようもないとか、言ってもしょうがないとか…自分の不幸を人のせいにして文句を言いながら過ごすことは一番簡単なことです。損はしたくない、人ともぶつかりたくないなどと、色々なことを考えてしまうと、結局自分の意見を言うことは難しい。でも、この作品に登場する女性たちそれぞれは、自分の立場を全力で周囲の仲間に伝えていました。それでも…

     話し合っても話はまとまらない → でも全員が納得できる結論にはならない →

     誰かが自分の意見を曲げるしかない →  その時、摩擦は起きる

私は実生活で こういう状況に直面したことがありますが、日本人ってこの手の展開が苦手なんですよね。存在感が大きい人(口達者で声の大きい人)や権力のある人がまとめようとすると、結局そう決まってそうなっちゃう。声をあげる人や疑問を投げかける人がいても、ただの面倒くさい変なヤツになっちゃうんです。

彼ら*1は別に大騒ぎしたいわけではないし、和を乱したいわけでもないと思うんです。でも、黙っている人は、彼らの意見を受け止められるキャパもなければ、自分の意見もきちんと言えない。全体をまとめられる人もいなかったりすると、もう議論の余地もなかったりして…日本ってホント、全うな議論ができない…

この映画を観た頃、ちょうどこれと似たような状況を体験していました、その時私は思いました。大事な時は大事だからこそ、自分の言葉で伝えるべきだ、と。(小さなガマンの積み重ねが、これからの悲劇を招くきっかけになることもあるのだから…!)権力のある人に潰されようが嫌われようが、自分の意見に責任を持つべきだ、と。また、自分の正当性を盲目的に吠えるだけではなく、年長者の意見にも耳を傾けて再考することも、重要なことだと学びました。

私は普段は気の小さい人ですが、この作品には本当に力をもらいました。自分の気持ちに丁寧に向き合い、それを表に出せたのは久しぶりのことだったので、映画のチカラってすごいんだな、と改めて思っています。

 


『7分間』 記者会見 “7 Minutes” Press Conference

*1:男性とは限りません