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悲しみよこんにちは

1958|監督:オットー・プレミンジャー|35ミリ


ラッキーナンバーは7と3。

序盤の親子のいちゃつき具合が奇異に映る。パパは女好き、セシル(娘)はファザコン、というお互いを、理解し合っているからなのかな?と最初は思ったが、おそらくそれだけではない。ラッキーナンバーの3は家族の数…私が思うに「亡き母」の喪失感からふたりともまだ立ち直れていない状態。*1 パパは娘や妻の友達を通して亡き妻を思い出していたのでは。彼女の代わりは誰もいない。娘も同じ気持ちだからこそ、パパを傷つけないように可愛らしく従順な娘を演じていたのではないか。ふたりにしかわからない心の傷を舐め合うように、お互い支え合って生きてきたのだ。 言葉や態度はカルいけど、この親子は決して明るい世界で生きている人間ではない。 その後、二人の関係が崩れてしまいそうになり、セシルはあることを計画する。企みは成功するが、死者を出してしまったことでより深く傷つくことに。この傷心には罪深い自分を責める気持ちも含まれるが、死の空気感から「亡き母」を再び連想せざるを得なかったこともうかがえる。クレンジングクリーム*2を顔に塗りたくっても洗い流すことのできない罪悪感…このラストも非常に印象的だ。

*1:上映後に評論家や某映画監督のレクチャーがありましたが、彼らはこういう見方をしていませんでした。これは私の個人的解釈です。

*2:…かどうかは定かではありませんが、私はこう解釈しました。実は美容クリームなのかも。