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2016東京国際映画祭作品感想 「コンペ」(アメリカ大陸編)

アジア地域から離れると、ガラリと雰囲気が変わります。

古き良きアメリカな雰囲気を味わえそうなアダム・レオン監督の作品と、ブラジルのマルコ・ドゥトラ監督。ブラジルは前年度『ニーゼ』がグランプリ受賞しています。今年はどんな映画を魅せてくれるのでしょう。

 

 

浮き草たち』。爽やかなテイストのアメリカ映画。

アメリカ映画と言えばハリウッドですが、残念ながら私はハリウッド映画に興味がありません。見る機会があれば多分見るし、見たら見たで面白がるだろうなと思います。でも、それより断然、B級映画とかインディーズ系の方に興味があります。

超メガヒット作でなくとも、アメリカには心温まる良作が多いんですよね。同じ監督の作品でなくとも、何となく雰囲気が似ているような気もします。『浮き草たち』にも何となくそんな匂いが感じられたので、秘かに期待していました。

悪くはない、良い映画でした。…ですが、私の大好きなリリ・リザ監督の『永遠探しの二日間』にあまりにも似ていました。『永遠…』も、男女が行動を共にするうちにお互いを知るようになり好きになる、というストーリーです。

国も違うし、全く同じシチュエーションではないので、違うといえば違うのですが、私は『永遠…』があまりにも好きすぎるため、比べてしまうと、やっぱリザ監督がいいなぁ、と思ってしまうのです。うぅ、何だかちょっと残念。

ただ、『浮き草たち』は、現代なのに簡単に連絡が取れない(繋がれない)というもどかしい設定をあえて作り出しているところなんかが、上手いなぁ…と思いました。今の若者にはどう写るのかな。我々中年の世代は、携帯すらない時代に青春を過ごしているので、「すぐには連絡が取れないけれど、抑えられない高ぶる気持ち」っていうのはきっと誰もが経験していて、めちゃくちゃ懐かしい感情なんです。

こんな風に昔を懐かしむ年頃になってしまったのかと思うと、それはそれで別の切なさを感じますが(涙…)、古き良きテイストを現代風に味わえたことは、喜ばしい体験なのでした。

 


『浮き草たち』 記者会見 “Tramps” Press Conference

 

 

空の沈黙』。怖い、でも観たい、ブラジル映画。

人は、空に対して憧れに似た良いイメージを持っているかもしれません。ですが…ふわふわしていませんよ、ブラジルは。何と言っても『シティ・オブ・ゴッド 』の国ですからね。しっかりと目を見開いて、現実を直視するイメージがあります。それにプラスして「沈黙」って…一体何が起きるのでしょう。怖い。

私はホラーが苦手なので、怖そうな映画は苦手だと思っているのですが、意外と大丈夫かもしれないことに最近気づきました。実は「怖い」ことに、結構興味があるみたいです。この世には、どれだけ知らない世界があるのでしょう。

知らない世界は知らない国の見知らぬ風景だけではありません。いつも一緒に暮らしている人のことを、私たちは意外と見ていないものです。知らない人に出会うと「もっと知りたい!」と思うのに、近くにいる人のことは、知ろうとしません。いつでも会えるし、いつでも聞けると思い、その機会を逃してしまうのです。

『空の沈黙』の夫婦も一緒に暮らしているのに、本音を語り合いません。困ったことが起きても、相手に隠して素知らぬふりをしています。そして、夫も妻も、互いに隠し事があり、第3者から見て「良い人」ではなかったりします。

一緒にいる人たちには本当のことがわかりません。そばにいるのに、見えていません。黙って見守るのは空だけ…(雷が鳴ることがあったような気がしますが★)

天の神様だけが見えている世界を、絶妙な演出でしっかりずっしり魅せる作品です。男と女の心理戦には怖さも感じますが、何も語り合わないのに何故か分かり合っている節もあったりで、夫婦の妙が味わい深いなぁと思います。人間って不思議…天の神様もそう思ってらっしゃるのではないでしょうか。

 

※映画祭前や開催期間中にはしっかり見られた動画がどんどん見られなくなってしまい、残念です。ブラジルの『空の沈黙』は会見の映像がありませんが、予告編はユーチューブで見られるようです。

 

2016東京国際映画祭作品感想 「コンペ」(西アジア・東南アジア編)

アジア映画好きの私にとって、この界隈の国の映画公開が決まったら、チケット入手にダッシュします。劇場公開されるかわからないから必死なのです。

近年のトルコ映画やイラン映画はクオリティが高くなってきているように思います。TIFF常連(?)、トルコのレハ・エルデム監督の世界観には期待大! イラン映画はそれこそ映画祭でしか観られないかもしれないので絶対。 フィリピンも良いんですよね…。初めて観るジュン・ロブレス・ラナ監督作品も楽しみです。

 

  

ビッグ・ビッグ・ワールド』。何とも美しい、トルコの作品。

兄と妹が一緒に暮らせない、という不条理から物語は始まります。映画の中、もしくはリアルな日常生活の中で、不条理のない社会は考えられません。精神的な苦しさにもがきながら、私たちはそれに立ち向かい、どのように生きるべきなのでしょうか。映画を観ながら、私はいつもそれを考えてしまいます。

人によって映画は、現実逃避をしてリフレッシュするエンタメかもしれません。でも、私にとっての映画はそうではなく、お経とか祈りとか…ある種修行のように向き合うものであり、それを実際の生活の中で自分の問題と置き換えて試してみることがあります。そんな人はあまりいないので、周りの人を驚かせることにはなりますが、「私は変わってるのよ」と、すましています。

そんな変わり者の私がうっとりと映像を堪能するのは、アート系の作品。大きな広い世界に生きる、人間をはじめとする大小の動物たちや昆虫…。まるで箱舟に乗り込む生き物たちのようです。迷うのに、困るのに、森に逃げずにいられない人たちに、いつしか自分の姿を重ねてしまうのだと思います。

思いの強さと、どうしようもなさ。アート系と言っても、アピチャッポンを観ている時とは全然違う感覚があります。また、これまでトルコ人のことを「理詰めでものを考える、真面目な顔をした人たち」と勝手に決めつけていましたが、もちろん国籍だけでひとまとめにすべきではありません。

切羽詰まった状況だからこそ見える、独特の景色や感情が、夢のように混じり合い、観る者を圧倒させます。

 


トルコの鬼才レハ・エルデム監督 『ビッグ・ビッグ・ワールド』記者会見“Big Big World”PC〈Competition〉

  

 

誕生のゆくえ』。イラン映画、万歳!

メルボルン』の劇場公開が決まらなかったことで、イラン映画は確実にプレミア感が増しました。ですが、一部のマニアックなファンだけでなく、映画ファン以外の人にも「見たことも行ったこともない国」に興味をもってほしいと思い、やたらとイラン映画の素晴らしさを周囲にプッシュしています。

まず特筆すべきは、この映画は命がけで作られているということです。検閲の厳しい国では、掟を破るとどういう目にあうかわからない…そのリスクがわかっていながら作らずにおれない気持ち、映画魂を、応援せずにはいられません。

この映画は女性の自立や中絶といった、これまでタブー視されていた問題を取り上げています。これまで私が観てきたイラン映画では(そんなにたくさん観ている訳ではありませんが)、女性はいつも男性を立てる役回りでした。

この作品のヒロインは、舞台女優です。自分の気持ちに十分向き合い、夫に自分の考えを打ち明け、それを押し通すために命がけで抗議するまで変わっていきます。もちろん、わがまま放題に自分勝手を主張しているのではなく、彼女なりにそれまで夫を立て、合わせてきた過去があります。けれども、人前で演技ができる程度胸のある彼女が、夫から逃げ隠れしながら逃亡するほど悩み、自分の気持ちに決着をつけるのです。自分の意思を押し通す難しさを心得ている女と、女が折れてくれることを期待している男…国は違えど、これは今の日本にも当てはまる状況なのではないでしょうか。

いくら不満があったとしても、それを堂々と口に出して実行できる女性は、まだまだ少ないでしょう。でも、これはおかしいんじゃないの?という意見が世の中に出回るようになり、社会現象が起き、何かが大きく変わり始めました。このエネルギーを「所詮女だろ」で、片付けてほしくはありません。

同時に、女性がここまで自己表現できるようになり、経済的に自立するようになると、ひとり取り残され、茫然と立ちすくむのは男性の方です。女性の自立と共に、男性の生き方をも問うているように思えます。

 


誕生のゆくえ - TIFF29thコンペ予告編

※ イランにも可愛い猫がいたり、韓タメファンがいたりすることがわかり、めっちゃ嬉しかったです ♪  

 

 

ダイ・ビューティフル』。愛すべきフィリピン映画!

フィリピン映画に興味を持つようになったのは、「初めて観たフィリピン映画」が面白かったからでした。何年も前に、しかも1回しか観ていないのですが、『マキシモは花ざかり』という作品に、心を奪われたのです。実はこれもゲイの物語で、それまでLGBTに関する理解の薄かった私なのですが、はじめてそのテーマで感銘を受けました。

同性愛者に限らず、世の中には差別や偏見、イジメに苦しむ人は、この世に大勢います。人間は「自分と違った人」を排除したがり、違いを受け入れられない人が、攻撃的になるような気がします。少数派の人たちは、どんなに強く振舞っても、なかなか立ち上がってそれらの人々に勝つことはできません。

マイノリティ感満載の作品は心の傷がクローズアップされすぎるので、見るのもつらい気持ちになってしまうのですが、『マキシモ…』はストーリー展開が実に見事です。面白い上に最後は清々しい気持ちになり、あの爽快感はなかなか味わえないよなぁ…と、思い、忘れられない作品のひとつなのです。

 フィリピン映画には同性愛をテーマとしているものが少なくないので(日本に入ってくるのがたまたまそのテーマなのかもしれないけれど)、このテーマは私にとって新しくはありません。けれども『ダイ・ビューティフル』には、驚かされることが色々ありました。

まず、『マキシモ…』から10年以上も経っているのに、世の中があまりにも変わっていないこと。LGBTの人たちが自分らしく生きるのは、まだまだ難しそうなこと。好きな人(家族(特に親)や憧れの男子)に、全く理解してもらえない苦しみは、一生続くということ。一方で、「少数派の自分らしさ」を認めたり、手を差し伸べてくれる人が、映画の中できちんと描かれていたこと…

彼女らは、親、子、恋人といった、本来一番大切な存在と、本物の関係を築くことがなかなかできません。しかも、どんなに着飾っても、化粧をしても、本物の女ではないのです。

しかし、そんな苦悩の中、ヒロインは強い自己肯定感で自分を奮い立たせます。心の傷に向き合うだけでなく、自分らしさに自信を持とうと努力する姿は、女性の私から見ても十二分に美しく、拍手喝采したくなるような、力強い人生です。

マキシモ…』とは違うテイストの作品ではありますが、本作も説得力のある、力のこもった作品です。好きなフィリピン映画がまたひとつ、増えました。

 


『ダイ・ビューティフル』記者会見 ”Die Beautiful” Press Conference

 ★配給が決まりました★